社会に出るまで

九州は福岡の出身です。

父親の転勤と一緒に、小学校を4つ変わりました。

子供時代に、同じ日本ながら微妙な違いを持つ環境に身をおいたことは、

柔軟性や許容性を持つという意味で、性格形成に良い影響を与えたと思います。

 

大学の専攻は工学部資源工学科でした。

石炭や石油を見つけたり掘ったりする技術を勉強する学科です。

 

大学では柔道部に入り、柔道ばかりやっていました。

夏は休みがあったので、北海道を原付で旅行しました。

ほとんど毎年行っていたので、トータルで北海道を4週くらいしたと思います。

ひまを見つけては旅行をしたので、47都道府県に全て足を運ぶことができました。

自転車や原付や鈍行電車で移動して、駅や道端で寝るという貧乏旅行です。

 

大学卒業前には、何故か「今しか行けないだろう」という

自分でも説明できない衝動に突き動かされ、インドのマザーテレサのところに行き、

カリガート(死を待つ人の家)という施設でボランティアをしました。

そのことと、当時、まだご存命だったマザーテレサから、直接

祝福の握手をしていただいて何かを感じたことは、

今考えると、政治の道を歩むことと無関係ではなかったのかもしれません。

 

卒業後は、京セラで半導体部品の開発をしていました。

仕事自体はやりがいがあったのですが、

どうしても自分の好きなことで独立したくなり、脱サラしました。

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